平成22年8月29日 【日曜日

はじめに、今回の遡行写真は一切載せませんので悪しからず、自身の記憶と活字に全てを委ねさせて戴きます。

今回友人のとても大事にされている沢へ招待して頂く事に成りました、いつもなら竿を携えて出掛けるのですが、
今日は初めから持たず終いと決めて居りました、ですので釣行日記ではなく、遡行日記(活字のみ)と致します。

3年前メールから始まった交流がついに実現と成った境@さん、「勝手にゴミ拾い」では土嚢袋を送って頂いたり色々な
情報も戴いていた、当初普通の釣り人と思い付き合い始めましたが、豈図らんやアルパイン・クライミング(本チャン)
の使い手で有りました。
当然その技に岩魚釣りが加われば恐いもの無し、そんなとてつもない存在の釣り人です。
彼は日曜日が休めずいままで同行が叶いませんでした、しかし今回はお互いの都合が合い同行が叶った分けです。

今回お話を頂いた境ちゃんの行き先は彼のクライミング技を駆使して探し当てた秘沢中の秘沢、以前に送って頂いた写真には
私が過去に釣り上げた大物以上の岩魚が群れている写真で有りました。
思案の末私はその地への釣行を断わり通常の釣り人として当り前の場所へ行こうと返事を送ったのです。
どうして断わったのか、それは隠し沢を教えれたならその時より己の隠し沢で無く成ります。
ましてや群馬の激戦区で希少な沢の存在を知る者が増る、私はその事に非常に危惧して居り自身でも希少な沢は
胸に秘めたままでいたからです。
そもそも薮沢釣りの私がそんな大それた場所に踏み行って良いのだろうかとも思ったからです。

そこそこの型物がそこそこ釣れればそれで満足、この頃は気持ちもそれで固まって居ります。
彼はそれでも良いからどうしても私にその地に立って欲しいと熱く語られ結局折れてしまいました。
かくして秘沢へ向け、竿を持たずして同じ道を辿る事と成りました。

彼と合流し、薄明るくなった車止めに駐車した時は既に午前5時、仕度を整え河川沿いの薮をかき分け杣道を登る事2時間、
出合いにぶつかり巻を繰り返す事2時間、やっとの(私は)思いで目指す渕に辿り着くことができました。
そこには高さ50cmほどの駆け上がりを持った大淵が鎮座して居りました、深さ3m直径5mくらいでしょうか。
立ち木にもたれ掛かりそっと覗き込むと底の苔に写しだされたシルエット・・・思わず息を飲み込むほどでした。

その場所にザックを置き、暫く目の保養とばかり腰を据えザックからソーセージを取り出し千切って投げてみました。
・・・狂喜乱舞とはこの事でしょうか、恐らくこの小さな淵で岩魚達を支えているのは水生昆虫や木から落ちてくる虫だけではなく
源流域から流れ落ちてくる稚魚に相違有りません、そうです共食いです。
岩魚達は生き残る為に自らの間引きを行い未来永劫への繋がりに賭けているのだと思います。

私は今回竿を持たずして上がって来た自分に安心しました、この中に鉤を落したらどんなにヘボな釣り人でも
簡単に大型の岩魚を手中に納める事が出来るでしょう。
ここで大物を掲げ満足している自分・・・そんな野暮な親爺の醜態は見たくなかったからです。

岩魚達の生き残りを賭けた死闘、繁殖にかけた凄まじいまでの生き様を垣間見た気分です。
恐らくはこれから四半世紀、この地は見付からないでしょう、これは私の心からの願いでも有ります。
彼に竿を出すよう促しましたが、このままで帰りますとの返事、嬉しい心意気です。
この地で簡単に昼食を摂り、古の山師、または職漁師が私達に託した貴重な遺産に深く感謝し帰路に付きました。

境ちゃんは使ったハーケンを一枚も残置せず回収、この地を守る事にも気配りをして居りました。

一度は断わった行き先でしたが、訪れて良かったと心からそう思いました。
全てのサポートを担い私の負担を軽減してくれた境@さん、本当に有り難うございました。
いつしかこの地を訪れる事が有るやも知れませんが、その時はまた「岩魚見」と致しましょう。

今回全て活字で締めさせて頂きますが、「このような桃源郷」は釣り人の立ち居振る舞いで如何様にも
成るのです、つまりは潰すか、残すかでしょうか。



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